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デパ地下のスイーツブーム牽引した“経営者” 初の工房付き店舗導入(産経新聞)

神戸スイーツ年代記】

 ■アンテノール 比屋根毅(72)(ひやね・つよし)

 「おいしい生活」。糸井重里によるキャッチコピーで、西武百貨店の広告が注目を集めたのは昭和57(1982)年のこと。1980年代のデパートは黄金期で、ライフスタイルを提案、消費文化を牽引(けんいん)していた。

 大阪で、食品売り場では他店の追随を許さぬ人気を誇った阪神梅田本店。アンテノールは56年、地下鉄の改札口に近い売り場の一等地に登場し、客の目をくぎ付けにした。

 ガラス張りの工房内で、白衣に身を包んだ菓子職人が手際よく生クリームを絞り、スポンジに模様を描いていく。ケーキを彩る果物は季節ごとに変わる。実演販売がウリの工房付きの店舗がデパートに初めて誕生したのである。

 「作りたて生ケーキをその場で売る。芸術的な職人の技も見せたかった」と振り返る比屋根。以後、スイーツは食品売り場の主役をさらい、「デパ地下」ブームの立役者となる。

 アンテノールが時代の扉を開いた、といっても過言ではなかろう。

 ■日本版フォションを

 比屋根は、アンテノールの母体となるエーデルワイスを41年に兵庫県尼崎市で創業した。翌年にはパリの洋菓子研究所で研修を受けるなど、店を留守にして毎年のように渡仏する。「本場の技術をものにしたかった。そのためなら、たとえ店はつぶれてもいいと思っていた」

 パリの老舗、フォション(1886年創業)に学び、菓子だけでなく総菜も扱う「日本版フォションをつくろう」と決心、業務提携にこぎつける。が、日本で同名の商標が登録されていたため計画は頓挫、独自ブランドで「フォション以上の店を出す」ことに。それがアンテノールだった。

 53年、1号店が神戸・三宮の北野坂にオープン。当時は「ルイ・ヴィトン」「シャネル」といったヨーロッパのファッションブランドが日本でブームになり始めたころで、「パリ仕込みの、わが国初の高級デリカテッセン」を目指した。

 大阪万博をにらんで開業フランス料理・菓子で高い評価を得ていたホテルプラザ(大阪市、後に閉鎖)から料理人を招き、厨房(ちゅうぼう)をまかせた。ところが、これが大失敗だった。

 「一個ずつ芸術品のように時間をかけて作る、とても効率が悪く、もうかるわけがなかった」

 総菜大手、ロック・フィールド(神戸市)のブランド「RF1」がデパ地下で人気を呼ぶなど、「中食」ブームが来るのは10年以上たってからのこと。

 「テリーヌなどを並べてみたが、買いに来るのは近所に住む外国人くらい。当時はまだ早すぎた」

 菓子一本にしぼり、ホテルで出されるデザートと同レベルの高級菓子のテークアウト(持ち帰り)を実現することにした。

 阪神出店で成功のきっかけをつかんだ後は、焼きたてフランスパンの「ルビアン」(昭和57年設立)、ベルギーチョコレートの名門と提携した「ヴィタメール」(平成2年設立)と、高級路線のブランドを立ち上げていった。

 ■フランチャイズ撤退

 かつてケーキといえばバタークリームで作られていた。いつごろから生クリームに変わったのか。それは冷蔵ショーケースの技術が進歩、普及する昭和40年代中ごろとみられている。

 比屋根もそのころ、デコレーション用の生クリーム開発に成功している。当時の生クリームは絞っても、うまく形ができずデコレーションには不向きだった。それを独自製法で可能にしたのである。

 生クリームのケーキは大人気を呼び、これに勢いを得て大手は、フランチャイズチェーン化による大量生産、大量販売を推し進めていく。コトブキ(現コンフェクショナリーコトブキ、神戸市)、タカラブネ(現スイートガーデン、京都市)が先行した。

 エーデルワイスも47年、工場を新設して参戦、大衆路線でシェア獲得に突き進む。ピーク時150店舗で売り上げ50億円を達成し、さらに出店目標を500店にまで引き上げた。

 しかし、思わぬ敵がたちはだかった。コンビニエンスストアの台頭である。

 「コンビニに並ぶお菓子を実際に買って食べてみた。けっして味は悪くないし、いずれ大変な脅威になるだろうと思った」

 また、フランチャイズ展開と同時進行でアンテノールなど新ブランドを立ち上げていったため、二兎も三兎も追う戦略が経営に無理を強いていた。

 「フランチャイズから撤退する」。何年も悩み抜いた末、決断した。63年、当時1日100万円も売り上げていた直営の本店を閉めることから着手。フランチャイズ一店一店に頭を下げて回り、補償費には5億円くらいかかった。

 沖縄県石垣島に生まれ育った。15歳で島を出て、菓子職人としての修業時代は「コンクール荒らし」の異名をとるほどで、受賞歴は100を数えたという。創業後もずっと攻め一方だった比屋根が初めて挑んだ撤退戦。「会社の存続が僕の使命、社員の生活を守る責任がある」と周囲の反対を押し切った。

 攻めよりも撤退の方が難しいとよくいう。10年に及ぶ撤退戦を経験したことで、経営者としての自信を得たに違いない。

 大衆路線から高級路線への転換に成功したエーデルワイス。その名を冠した店舗は無くなったが、アンテノールをはじめ3大ブランドをメーンに全国77店舗を展開し、グループ全体で売り上げ165億円(平成20年3月期)、従業員数約2250人で業界大手として君臨している。

 来年、アンテノールの阪神出店から30年。が、当時とはうってかわって今、デパートは冬の時代。経営統合を進めたものの、従来の業態では売れない、生き残れないとの厳しい見方もあり、どこも新たな売り方を模索している。

 それは、アンテノールのごとくデパートへの出店で事業拡大してきた洋菓子大手にとっても死活問題だ。

 かつてデパ地下を変えた比屋根は、どんな奇策で攻勢に転じるのだろうか。(敬称略)文・安東義隆 写真・前川純一郎

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郵政法案、衆院通過へ=自民、議長不信任案提出の方針(時事通信)

 郵政民営化を見直す郵政改革法案は31日夜の衆院本会議で、民主、国民新両党の与党と社民党などの賛成多数で可決、参院に送付される。野党側は、同日の本会議採決を決めた与党の国会運営は強引と反発。自民党など野党は与党への配慮が目立つとして、横路孝弘衆院議長に対する不信任決議案を1日に提出する方針を固めた。
 本会議ではまず、自民、公明、共産、みんなの野党4党が提出した東祥三経済産業委員長の解任決議案が、与党などの反対多数で否決された。続いて宮崎県での口蹄(こうてい)疫拡大への対応が遅れたとして、自民、公明、みんな、たちあがれ日本の4党が提出した赤松広隆農林水産相の不信任決議案も、与党の反対多数で否決される。この後、郵政法案に対する各党の討論と採決が行われる。 

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